しゅれでぃんがのヘルニア友人帳

ヘルニアからの逆襲

ヘルニアにより趣味を奪われた男の成り上がるブログ

ヘルニア日記 第九回  初診(手術)

手術のための初回診察

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2017年4月中旬

手術のために、東京に診察を受けに行ったよ。

待ちに待った初診だ。

手術してもらえるかもわからなかったし、手術してもらえたとしても

それがいつになるかわからない。期待と不安でテンションは高めだ。

 

それにしても杖をついて30mしか連続で歩けないのに

良く東京の病院にたどり着けたもんだ。。

 

行程

私は大阪府北摂に在住です。

新幹線でいくのは、直感的に無理と判断。

新大阪まで電車で行くビジョンが全くうかばなかった。

車イスでもなけりゃまず無理だ。

 

飛行機で行く。これしか選択肢はない。

伊丹空港までは車でいける。空港内は車イスを貸してもらう。飛行機に乗る。

羽田空港に着く。車イス貸してもらう。高速バス乗る。あとは自力。

 

これが最善だった。

嫁について来てもらって、車イスを借りて来てもらう。

 

自力で歩いた部分は

  • 伊丹空港の駐車場から車イス貸してもらう受付 200mくらいかな
  • 高速バス降りてから病院まで         400mくらいかな

これだけ。

 

でも全然楽勝じゃない。

 

行程中の不安、苦労

 車で伊丹でもきついのに、車降りて、空港に渡る横断歩道やばい。

一回で渡りきれねー。

あの横断歩道が長い時にある、島みたいになってるアレ。

アレの意味が身に沁みる。

 

ただ車イスはマジで助かりました。

嫁が押さなくても、空港の職員さん、機内まで運んでくれるし

羽田着いても自動で迎えに来てくれるし。

なんやったらVIP待遇だし。

ええ経験でした。

 

高速バス乗るまで運んでもらえるから羽田ついてバス乗るまで10歩も歩いてない。

 

でもずっと座ってるから尻爆発しそうに痛い。痛みがましな体勢を探し求めた。

杖ついて歩いても、そこらのおじいちゃんの半分くらいのスピード。

 

この状態でたどり着いても帰る自信がない。

 

診察待ち

ラソン完走したくらいの感覚で病院にたどり着いた。

嫁について来てもらってギリギリ。

なのに、1時間半待たされた。

やばいな、人気の病院は。予約してるのにね。

 

診察

ようやく診察室呼ばれたと思ったら、先生態度メチャクチャでかい。

そんな踏ん反り返って腰大丈夫か。

それとも踏ん反り返る事が腰の専門家がたどり着いた正しい姿勢なのか。

名医なんだから、その姿勢にも意味はあるんだろうと無理矢理自分を納得させる。

 

とりあえず、レントゲンとMRIをとるらしい。

 

レントゲンとMRI

体がくの字から反るのも曲げるのもしんどいのに、求められる姿勢でレントゲンをとるのは拷問に近い。

撮ってくれる人がやたらいい人だったから救われたけど。

 

MRIに至っては仰向けにならないといけない。

これが一番しんどい。

健康な状態だと考えられないだろうが、仰向けで寝るのが

何よりの地獄だった。

今となっては、記憶が薄らいでいるが、あの当時はMRI撮るとなると

バンジーで飛ぶ時くらい気合い入れて、勢いでいかないと乗り切れなかった。

 

そう考えたら、今現在の調子は天国モードみたいなもんだ。

 

手術決定

先生、 決断はやかった。

MRI見て

「4番5番だね。下に垂れ下がって来てるし、左右両方に出てるね。取ろか。」

だと。

 

話早くて助かった。

 

その時に4番5番が背骨が変形して狭窄気味になってる事も言ってた。

 

「とりあえずヘルニア取って経過見てから狭窄の方は判断しよ」

 

テンポがいいね。サクサク進む。

「本来だったら半年待ちだけど待てないでしょ。5月やっとこか。」

看護婦さんに向かって

「5月21日空いたよね、最終。ちょっと見て」

「空いてるね。ここでいこか。」

話が早い!ありがたい!

 

態度でかいけどめっちゃええ奴やん。

てなりました。

 

なぜか俺じゃなく嫁にばっか顔向けて話てたけど。

ただの女好きか、それとも男嫌いなのか。

 

まぁそれはええとして、とにかくヘルニアから解放されるはずの日が決定した。

 

帰り

帰りも当然苦労した。

けどメンドくさいからハショる。

 

とりあえず家ついたら尻爆発しかけてた。

限界をちょっと超えてた。 

 

一人じゃ絶対無理だった。

嫁おって良かった。

 

 

 

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